雨ニモマケズ 2011/04/07

昭和20~30年頃は日本は経済的に非常に貧しかった。
しかし、人の心は豊かだった。

当時、小学校の先生は宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を機会
あるごとに朗読されていた。

また、石川啄木の岩手県渋谷村(故郷の隣村)などの短歌を
紹介していただき郷愁を誘ったものです。
  
   かにかくに渋谷村は恋しかり
          おもひでの山
          おもひでの川

こんな教育をうけた団塊の世代は郷土や国を思う心が養われ、
先生、親に対し敬意をはらうことも自然に培われた。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩によって、思いやりと勇気が
でて、将来に向け夢と希望がわいた。心が豊かだった。

東日本大震災の災害の皆様に対し、「雨ニモマケズ」を贈り、
激励のことばになれば幸いです。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾(よく)ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭(かげ)ノ
小サナ萱(かや)ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ